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遠軽簡易裁判所 昭和39年(ろ)21号 判決 1965年11月30日

被告人 斎藤幸一

主文

被告人は無罪。

理由

本件の公訴事実は、「被告人は、紋別郡丸瀬布町字東町において木材商を経営している者であるが、(一) 昭和三九年一月一八日ごろの午後七時ごろ、右自宅において白井英雄から森林窃盗の贓物たるの情を察知しながら、松ならびに雑木丸太七、八七五立方米(時価六五、七二五円相当)を代金三五、〇〇〇円にて買受け、以て贓物の故買をなし、(二) 同月二一日ごろの午後八時ごろ、前記自宅において白井英雄から森林窃盗の贓物たるの情を察知しながら、松丸太八、六〇八立方米(時価七七、四七五円相当)を代金四五、〇〇〇円にて買受け、以て贓物の故買をなしたものである。」というのである。

右事実中(一)および(二)の各木材が森林窃盗の贓物であることの知情の点と時価が右(一)の木材(以下第一木材という)で六五、七二五円相当、右(二)の木材(以下第二木材という)で七七、四七五円相当との点を除き、すべて被告人の認めるところであり、この事実は、諸般の証拠によつても明らかである。

証拠に対する検討

第一第一、第二各木材に関して

一  本件当時の木材の買受価額について

笠井ヒデ作成の被害顛末書二通(別紙添付の各被害内訳表を含む。以下単に被害顛末書という。)ならびに証人奥山吉春の尋問調書によれば、第一木材の昭和三九年四月五日現在における笠木木材株式会社の売値は六五、七二五円であり、第二木材の昭和三九年三月一九日現在における売値は、七七、〇〇〇円であり、この各価額には、丸太の輸送賃を含ませて算定したことを認めることができる。

そうして当裁判所の検証調書(昭和四〇年六月一八日午後二時施行のもの)証人白井英雄、同二峰一三の各尋問調書ならびに被告人の当公判廷における供述によれば、第一木材は、丸瀬布町字金山の遠軽町、上川町間二級国道八号線附近道路端の被告人の弟の地所内におろされ、第二木材は、同金山鴻の舞通りの関庄太郎方前道路端におろされたので、遠軽町に土場を有する被告人は、これを転売するためには、丸瀬布町から遠軽町までの右各木材のトラツク運送賃とトラツクへの積込み料とを要し、その額は両者合わせて、トラツク一台分約五〇石積みで七、〇〇〇円であり、かつ業者の売値は買値の約二割五分ほど掛値することが認められる。(そこで以下では前記被害顛末書の各価額の二割五分を被告人の買値に加算してみる)そこでこれらの事情を考慮して、被告人の前記買値から被告人がこれを売る場合の売値を算出してみると、運送賃、積込料、検査料含めて約一〇、〇〇〇円を要するので、これを便宜第一、第二の各木材の材積(材積は後記被告人の計算による)に按分し加算した結果、第一木材は約五六、四三一円第二木材は約六九、三六八円となる。そこでこの各価額と前記被害顛末書の各価額とを比較してみると、その差は第一、第二木材とも一〇、〇〇〇円に満たず比率にして第一木材は約一割五分、第二木材は約一割一分被害顛末書の価額より低い程度となり、更に証人二峰一三、同白井英雄の各尋問調書によると本件木材が少量の自家用材として取引されたこと、前記被害顛末書の価額を算定したころは、木材も本件当時より値上りぎみであつたこと、更に被告人の司法警察員に対する供述調書(昭和三九年三月三〇日付)によれば被告人に第一木材についてはこれを二六、六九八石と第二木材については二六、七一二石と計算しているので更にその差は縮少される。

なお、被告人の右材積算定は、第二木材については「雪の中に一本うまつていた」ことと現物中腐つた丸太があつたりしたため普通の受入計算よりいくらか少なめに受入れしたためと認められるし検尺の誤差も考慮される(昭和三九年四月二八日付被告人の司法警察員に対する供述調書)。従つて、この面から知情の推定はなし得ない。

なお、本件木材については、その等級が明らかでなく、向井敏夫作成の鑑定書によれば、一等材から四等材までの各等級間の差はかなり大きいので、各材につきその等級が明らかでない以上当時の相場をこの鑑定書に基いて算定することはできない。

二  夜間の授受について

証人白井英雄、同今野和雄の各尋問調書によれば、本件木材はいずれも笠木木材株式会社(以下単に笠木木材という。)所有のもので、これを当時笠木木材の木材運搬に従事していた白井英雄(以下単に白井という。)と今野和雄らが盗取したものであるため、同人らはその発覚をおそれていずれも夜間に、前認定の各場所へ運搬したことが認められるので、この点から本件木材の贓物性に対する被告人の知情を考察する必要がある。

まず第一木材については、証人白井英雄、同斉藤あきのの各尋問調書によれば、白井は、本件取引をする数日前から数度取引のため被告人宅に電話をかけており、その際の電話で被告人が白井に「明るいうちに持つてこい、ここで見てから土場は遠軽だ」といつていること、白井が夜間に持つてきた弁解として、「買い集めるのに時間がかかつた、夜分だけれど一つたのむ」といつたこと、第二木材については、白井は、「午後八時頃運んでいつたが途中の道路わきにおろしてきたが二四、五本あると思うから明日でも検尺してみてくれといつてそのときは二万五、六〇〇〇円もらつてきたのです」との供述記載、さらにこのときは、「私(白井)がかつてに丸太をおろしてきた」との供述記載部分を考え合わせると被告人がなんらかの理由でわざわざその運搬に夜分を選ばせたとは認められないし、白井がかように二度夜間に運搬してきたことについても、白井の前記のような弁解や降雪による道路状況など(前記白井の尋問調書および昭和三九年三月三〇日付被告人の司法警察員に対する供述調書)から通常遅延することも考えられるので、この夜間に運搬したということから知情の推定をすることはできない。

三  本件木材を自己の土場におかなかつた点について

前認定のように被告人の土場は遠軽町にあるにかかわらずなぜ金山の前記各場所へ木材をおろしたのかについて考える。

まず第一木材については証人白井英雄の尋問調書中「おろしたのは国道のふちですが、斉藤さんがここへおろしてくれというのでそこが斉藤さんの土場かと思つたので」おろした旨の供述記載があるが、これと、同調書中第二木材について「斉藤は、材を遠軽町にさげているということをきいたので、家へもつて行つたら遠軽町までさげてくれといわれると思つたので、金山鉱山に行く道のところに丸太をおろし」た旨の供述記載と被告人の司法警察員に対する供述調書(昭和三九年三月三〇日付)中「一月一八日午後五時半か六時ごろに丸太をトラツクに積んで私方に白井が来たのです、私は丸太は遠軽の土場まで運んで欲しいというと白井はトラツクの調子が悪いとかガソリンがないとかいつて丸瀬布で受入れしてくれというので」前記場所におろした旨の供述記載とを合せ考えると、むしろ本件場所へは白井の希望でおろしたものと考えられ、また前記白井英雄の尋問調書、前記被告人の司法警察員に対する供述調書ならびに被告人の当公判廷における供述を総合してみると、被告人は、白井が笠木木材の木材を運搬していることも、本件木材が笠木木材の所有であることも知らないのであるから、ことさらに遠軽町はもとよりどの町をも避ける理由はみあたらない。また第二木材については前記二において認定したように、白井らが勝手に置いていつたのであるから問題とするに足りない。以上の次第であるからこの点からもまた被告人の知情を推定することはできない。

第二第一木材の極印の状態について

証人白井英雄、同今野和雄(第三回公判調書)の各尋問調書ならびに当裁判所の検証調書(昭和四〇年六月一八日午後二時施行のもの)を総合すると、白井らは本件木材を被告人に売渡すにあたり、そのなかの数本に笠木木材の極印であるという印が打刻されていたので、この部分をまさかりなどで削りこの跡に雪を塗り付けて盗品たることの隠蔽工作をなし、これを金山の二級国道八号線路上附近でトラツクからおろす都度授受のため検尺したが、ここは街灯もなく、附近に民家もほとんどなく、その灯りもとどかず、降雪も伴つて非常に暗く、被告人は木口を計るのに懐中電灯を使用したものである。かような状況のもとでは、はたして被告人が前記の極印を削つた痕跡に気付いたかどうかは疑問であり、これに気付いたとの証拠もない。

そうであれば、この点からの知情の推定もまたなし得ない。

第三第二木材関係

一  授受の時期について

証人白井英雄、同関庄太郎の各尋問調書および被告人の司法警察員に対する供述調書(昭和三九年三月三〇日付)を綜合してみると、白井は前記関方前道路端に木材をおろして、被告人宅へ行き木材をおろした場所、本数等を一応指示して内金をもらつたのは、昭和四〇年一月二〇日であり、被告人は翌二一日の朝木材を検収し、自己の極印を木口に打刻したことが認められる。ところで贓物罪における知情の時期は、当該贓物を授受したときまでに存しなければならない。そこでこの授受の時期は極めて重大である。

前認定の事実によれば、白井らが木材をおろし、被告人から内金を受取つたときに授受があつたのではないかとも考えられるが、授受というためには、すくなくとも該物が被告人の処分可能な実力支配内におかれたときに成立するので、「翌朝白井が木材をおろしたところへ行つてみると丸太がみえないので前金を先にもつて行つたのだと思つた」(前記被告人の司法警察員に対する供述調書)という程度の白井からの指示であるから、前記二〇日の段階では授受があつたとはみられず、やはり検収し木口に自己の極印を打刻したときに授受があつたものと考える。

二  極印の状態について

押収してある切株一株(昭和四〇年押第一号の七)をみるとの極印がほぼ同一個所に数個重なるようにして打刻されていることが認められるが、被告人の司法警察員に対する供述調書(昭和三九年三月三〇日付)中「私も木材商をしていますので、他の極印があるのでこれは盗品ではないかとの疑いをもつたのであのようにの極印を叩き消すように何度も叩き自分の極印を上から押した」との供述記載および「私も買受けた松丸太の検収に行つてみた際に経口のところにの極印が押されてあり、これはいづれかの木材屋のものを白井ごまかしてきた丸太であると直感したのでの極印を潰すように何回も叩き自分のの印を上に押した」との供述記載からみると被告人には贓物たるの知情が認められるかのようであるが、当裁判所の検証調書(昭和四〇年六月一八日午前一〇時施行のもの)ならびに証人奥山吉春の尋問調書(昭和四〇年六月一八日付)によれば、本件二五本の木材のうち一九本が遠軽町西町二丁目笠木木材工場土場に保管されており(他の六本は所在不明)これらの木口をみると、何らの極印もないもの、の極印一個のみあるもの、の極印一個のみあるもの、の極印二個あるもの、の極印二個あるもの、、の極印がそれぞれ異なつた位置に別々に打刻されているものなどその打刻の状態はさまざまであるが、との各極印が重複して打刻されているものはみあたらない。以上の事実を認めることができる。

しかして前記被告人の司法警察員に対する供述調書中の記載部分が真実であるとしたならば、被告人はなぜの極印のあるすべての木材について、そうしなかつたのであろうか。被告人の当公判廷における供述によると、被告人はこれまでにも他人の極印の押されている木材を買つており、極印はかならずしも木材業者のみがもつものでもなく、被告人はの極印をみて「その極印が笠木木材の極印だということはわからなかつたので、後日白井に一、二本極印のある丸太があつたがどこのものだときくと、山から買つてきたときの極印で心配いらないといつたのです」との事実からみると、の極印をあえて潰す必要もみなかつたのではないかとも考えられるし、司法警察員作成の実況見分調書によれば、本件木材は前認定の場所に昭和三九年三月一九日までの間かなり人目のつく状態でそのまま置かれているのである。

かように考えると被告人の前記司法警察員に対する供述調書の記載部分はどうしても納得できない。従つてこの自白は信用しない。

第四その他の事情について

検察官は、本件の類似行為として、被告人は本件以前にも小林や岩上という者から同人らが国策パルプの丸太を盗んだとの情を知りながら右丸太を買つた疑いで調べたことがあり、この事実からしても、本件における被告人の知情は推定されるとの趣旨の主張をしているが、本件本犯以外の者の盗取にかかり、かつ、いまだ起訴されない事実に基いて、本件の贓物性に対する知情を考えることはできない。

その他証人白井英雄の尋問調書によると白井は当時石北貨物の運転手をしており、被告人もこのことは知つていたのであるが(被告人の当公判廷における供述)かかるものから本件木材を買受けたことについて考察する。

まず証人白井英雄の尋問調書によると、白井は、第一木材を売る際被告人に電話で、「白滝の自家用材をあつちこつちから買集めてあるから買つてくれ」といい、被告人が間違いない材かと念をおすと「絶対間違いない材だ。白滝の支湧別から買集めた自家用材だから」と答え、実際に丸太をもつていつたときも遠軽方面から来たのではなく、白滝の方から運んできたように装い、被告人の当公判廷における供述によると、白滝村からはよく自家用材がでていることがうかがわれるので、被告人が白井を信用しても不自然ではない。

このほか被告人は、本件木材が怪しいものではないかとの疑念を抱いた旨供述しているが(第一、二回被告人の検察官に対する供述調書)以上認定の各事実と他方で被告人は不注意で買受けてしまつた旨供述している(右検察官に対する供述調書、被告人の司法警察員に対する供述調書二通、被告人の当公判廷における供述)ことを考えると、被告人が未必的にも贓物性に対する知情を有したとみることはむずかしい。被告人は木材の仲買人として、諸々方々から小口に丸太を買つており、つねに、もちこまれた木材について怪しい、あるいは不正な木材でないかどうかと考えることは当然であり、本件についても、このようなことから白井に再三間違いない材なのか確かめ、結局白井の言葉を信用して買受けたのであり(被告人の当公判廷における供述)、このように信用したことが、軽信であるとの非難はなし得ても、これをもつて贓物に対する知情を推定することはいささか無理である。

かようにして、本件公訴事実の存在を積極的に肯定する証拠についてはその信憑性を疑わせる諸事情が多く、いまだ知情の推定をなさしめるに足りる証拠も十分に具備しておらず、本件は犯罪の証明がないことに期するので刑事訴訟法第三三六条後段により被告人に無罪の言渡をすることとする。

(裁判官 石毛平蔵)

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